2012年10月26日金曜日

立つ鳥跡を濁しまくりの部下

先日、やめると言った直後に病気になった部下ですが、一応今週は戻ってきました。9月に仕事が見つかったのは偶然かも知れませんが、あきらかに辞める気まんまんだったことが昨日判明しました。

10月にオフィスを締めることは半年以上前から計画されていたことだったのですが、全く準備ができておらず、昨日もコピー機どうしたらいいか?とか突然聞かれました。おい、おそすぎるぞ、あと1週間ないのに、、、、。即リース会社に契約書の内容を確認させて、買い取るしかない契約だったことがわかったので、それをそのままオランダに送ることにしました。

他のオフィス家具等も行き先が決まっていないものが多々あり、いちいちひとつづつ指差し確認状態です。お前は子供か!

散々、高い給料をもらい、しかもオランダでのポジションも約束させられた上での、突然の退社通告。まあ、辞めることはあるのでかまいませんが、せめていままでやることをやってたら、という感じです。つまり全くオランダに来る気はなく、全部ほったらかしにしておこうという魂胆があったということだったんです。

今日もなんかコンサルタントのわけのわからん会議に出席したいとか言っていましたが、拒否です。それは当社の従業員として呼ばれたのであって、個人で呼ばれたのではないからです。やることをまずやれと。

来週に至っては、月末はもうこれないとか、月曜日は病院に行かなければならないとか、おいおい、そしたら今日その会議に行っていたら、いつお前の仕事を引き継ぐのだ!という感じで、立つ鳥後を濁しまくりです。Google翻訳されたら何を書いたかばれてしまう可能性も否定できませんが、二度と戻ってこなくていいです。お昼ごはんの時は、スイスにまた子会社を設立することがあったら呼んでほしいとかなんとか言っていましたが、まあこんな辞め方をしたマネージャーを呼び戻すことなどあるわけも無く、むしろオランダに来てもらわなくてよかったと今は思います。

2012年10月22日月曜日

学歴差別は差別?

学歴差別という言葉を日本ではよく聞きます。ヨーロッパではどうか、ご存知でしょうか。

突然こんなことを書き始めたのは、最近採用活動を行っていたこと、そして今度はマネージャークラスの人間を採用するのに今、JOB description 等の記述を行っているので、この問題から離れられないためです。

そもそも、学歴差別ってどういう意味なのでしょうか。学歴で差別してはいけない?どうして?学歴は自分で作り上げたもの。区別ではあっても差別ではない気が昔からしています。残念ながら私自身は東京大学や京都大学等の有名大学を出ていません。しかし新卒時の採用活動時に、仮に違う扱いを受けたとしても納得したと思います。

人種差別。これは駄目です。
性差別。これも駄目です。
生まれた地域による差別。意味がわかりません。もちろん駄目です。
学歴差別。同じ問題として扱ってよいのでしょうか。。差別がいけないのは、自分で変更できないことを理由にしてしまうからではないでしょうか。

新卒の人間を採用するときに、唯一わかる客観的な指標は学歴です。何を学んだのか、どこの大学で学んだのか。大学はどこの大学なのか。Diploma millではないかどうかはチェックします。人物本位なのは当然ですが、同じ印象を持った場合、当然学歴がよいほうが採用されます。なぜなら受けた教育というのは大事だからです。特に経理・財務の場合、会社は学校ではありませんので、ある程度基礎的なことを理解している人間を雇うことが前提になります。これは学歴でしか判定できないのです。テスト等をするということも考えられますが、本当にできる人は、そんなことをしている間に、他の会社に取られてしまいます。

日本の大学の問題は、大学に入学後、ある程度勉強していれば卒業できてしまうことです。スイスの大学に関して言えば、学生はかなり勉強しています。最初の3ヶ月で脱落してしまう人も多いようです。

学歴で勝てない人は、他のことで勝負するしかないと思います。例えば、その大学を首席で卒業するとか。これはかなりのインパクトです。

先日、新卒の人が面接に来た際、当然職歴は無いわけですが、その人は某国の大学で優秀な成績を取った結果、オランダの修士課程に無料で授業を受ける権利を得て、上位15パーセントの成績で卒業したとのことでした。即採用とはなりませんでしたが、大きな会社でなくてもこういう人が面接に来るのです。

これから、日本はいやでも人口減少、仕事の流動化(転職が増える、仕事が固定化されない、終身雇用の崩壊)等があるなか、仕事を見つけるには、海外へ出て行くことも選択肢に入れなければならないと思います。逆に海外から前述の優秀な人たちが流入してくるので、それに備えなければならないと思います。学歴差別だなんていってる場合ではありません。どうやって履歴書を磨いていくのか、これを考えなければならないと思います。

国際化なんて必要ない、海外の人を受け入れる必要がない、という方がいらっしゃいますが、それはつまり、低賃金社会、高齢化、社会保障減少を受け入れるということに等しいと思います。なぜなら、世界に扉を開かなければ、世界が日本に扉を開いてくれない時代がそこまで来ているからです。日本だけ利益をとる、そんな都合のいいことは許されなくなると思います。豊かな生活を送りたければ、日本国内だけで学歴を競いあっていても仕方がなくなると思います。そもそも日本の大学なんて知られてませんし、大学院を出れば、どこの大学を卒業したかなんて本当は関係ありませんので。

いい学歴の人は、大企業に行きたがる傾向が強いので、そうでない人は、そうでないところでいち早く管理職になり、管理職として転職してしまえばいいのではないでしょうか。大企業だからいい、という時代はもう終わりに来ていると思います。私も大企業が好きでしたが、、。’

University of Geneva MBA CSR Corporate Social Responsibility ジュネーブ大学

授業があったときは、何か書こうとはじめのころは思っていたのですが、やや挫折気味です。今回は、少し授業の内容にも触れたいと思います。3日間の授業でした。

今回の授業がいつもと少し異なったのは、プレゼンテーションの準備を授業の前にグループワークとして与えられたことです。他にも色々なAssignmentがあるなかでのグループワークは大変でした。途中アメリカに出張したり、他のメンバーがインドに出張したりで、時間をあわせることができず、時間の制限とともに中途半端なスライドとExecutive Summaryの提出となりました。

本番のプレゼンテーションは、準備はしたものの、振り返ればやや早口で話してしまい、舞い上がっていたように思います。事前に自分で録音した内容を聞くと、英語のまずさにがっかりしました。まだまだ勉強しなければいけないと思い知らされました。

授業の内容ですが、今回はCSR、企業の社会的責任と日本語では訳されますが、あまり興味もわかず、プレゼン作りが大変だったことをまずは述べておきたいと思います。ビジネスに対する色々な考え方をまずはテキストで予習してからの授業参加でしたが、わざわざCSRなどというカテゴリーを作る必要があるのか、最後まで疑問のまま終わりました。

ガバナンスや倫理規定、環境問題、コミュニティーとのかかわりなど寄付行為以上のものがこのCSRの概念に含まれることは理解しましたが、社会的責任なのか、と言われればそうでないと思います。社会的責任だったら世界は平和になるのになあ、というのが正解な気がします。やはりビジネスはビジネス。有名な言葉に、Business of business is business. というものがありますが、賛成です。但し、このCSRの活動が結果的に企業にとって利益となりえるからこそ、みなこの活動をするわけで、それを社会的責任か言えるのかはかなり疑問です。そう呼びたい人はそう呼べば言い訳で、何かヨーロッパの正義、倫理観等々を押し付けられている感じが好きではないです。正しいことを行うべきだ!というのはわかりますが、それでは、誰が何が正しいことかを決めるのか。この点について、キリスト教の影響が大きいヨーロッパ文化圏の一神教からくる正義、経済的な先進国が多いことからくる傲慢さが、このCSRに含まれているように感じます。

授業そのものは、非常にOrganizeされていて、ゲストスピーカーも話がうまいひとで非常によかったですが、内容には最後まで納得行きませんでした。

2012年10月8日月曜日

アメリカ出張 時差ぼけ

今日からアメリカです。オランダの家を朝7時半に出発、サンフランシスコにお昼に到着しました。オランダはマフラーが必要なくらい寒かったですが、サンフランシスコは結構暖かいです。

ホテルに到着後、大学の宿題を開始。グループワークもあるので、たまたまSKYPEで接続してたクラスメートと一緒に勉強しました。こっちは時差ぼけ、向こうはスイスなので夜中の1時、お互い眠い目をこすりながら勉強しました。

今はオランダで朝三時、ここは18時です。もう少しだけがんばって起きて、寝ようと思います。経験的には西行きのほうが時差は調整しやすいです。

2012年10月6日土曜日

部下が入院

スイスの部下が突然入院しました。彼はスイスからオランダに連れて行く予定だったのですが、家族のこともあり、急遽とりやめ。そして取りやめた直後に病気で入院してしまいました。

急遽とりやめたのかどうかはやや疑問がありますが(本人は2-3週間前に昔の仕事の同僚から仕事の紹介があったといっていますが、、。)、病気のほうは本当で1週間以上入院しています。本来は彼がオランダに来次第、彼の仕事のバックアップを育てるつもりだったのですが、このタイミングで病気なので、なんのバックアップもなく、私が直接彼が担当していた決算作業をすることに。普段の教育がわるかったせいで、残してあるファイルの整理が悪く、やたらと時間がかかってしまいました。

この10月半ばからもう一人追加で雇用しますが、早めに採用活動をしていてよかったと思います。

2012年9月24日月曜日

採用活動

今週は非常に忙しい週でした。色々とプロジェクトがあるなか、業務拡大に備えたリクルーティングをしていましたが、10以上の面接をこなし、いったい誰が誰だかわからない、なんてことはありませんが、印象が残らない人もいたりして、ようやく一人選びました。経験者にするか、アカウンティングの勉強を大学や大学院できちっとしてきた人をとるか、悩みましたがジュニアのポジションなので若い人を10月半ばから採ることにしました。

もう一人の経験豊富な方は、二人目をとる予定はなかったのですが、12月からのスタートで今話を進めています。

大きな会社と違い、一人の影響が大きいので採用のミスはかなり大きな痛手となります。トレーニングをやり直さなければならなかったりと大変ですが、まあ使ってみないとわからないので、これからというところでしょうか。ここにあまり時間を割いていると他のことに手が回らなくなるので、一旦は部下に任せるつもりですが、今後のことも考えて業務の割り振りそのものは私から直接指示をだそうかなと考えています。なんせ、適当な人が多いので、日本と違って自由にやらせているとホウレンソウなんて期待できるはずもなく、あまりその辺りはあてにできないので大変です。

とりあえずこれで一旦採用活動を終えるつもりですが、国籍・言語・性別ともに多様性を確保できました。アジア人が私を含めて3人いるのが多い気がしますが、あとはギリシア、オランダ、カメルーン、イタリア人の国籍構成になります。ひとつの言語に偏ると、部内の会話がその言語に偏る可能性があるので、それを意図的に避けて、人を選びました。もちろん仕事の能力が優先ですが、同じ能力なら違う国籍から選ぶという点を重視しました。

2012年9月1日土曜日

University of Geneva International Marketing ジュネーブ大学 MBA

無事に2年目が始まりました、いきなり3日連続モジュールで大変でしたが、なんとかこなしました。2年目は、specialization といっていくつかのコースから選べるのですが、私は、international Management を選びました。所謂通常のMBAとなりますが、今回はアジア人が一人だったので、やたらと教授が私を指名してしゃべらせようとしたので大変でした。

International Marketing といっても、基本は前年のMarketinngの知識を基に、ケーススタディをこなしたりプレゼンテーションを行ったりという感じでした。移転価格については、やや駆け足だったので、わからない人にはわからないままだったかも知れません。私の場合は、業務ともややかかわりますので、特に問題はありませんでした。

マーケティングリサーチプランの提案、国や文化ごとのリサーチの特徴などを学びましたが、日本というのはヨーロッパ人から見るとかなり特殊なようで、色々と当てられまくりました。

2012年7月7日土曜日

キンデルダイク(Kinderdijk) に行ってきました

オランダの世界遺産キンデルダイク(Kindereijk)に行ってきました。

風車がすべて回るのはこの時期だけ、ということでAmsterdamから自動車で約1時間、渋滞もなくあっという間につきました。

まずは、風車らしい写真です。オランダの天気は変わりやすいのですが、この日はほぼずっと晴れでした。

風車を見るだけならただです。駐車場が有料ですが、少し遠めにとめれば無料です。まあたかが駐車場代なので、文化財保護料金とでも思ってここは払いましょう。中ではかなり歩きます。

まずは、船に乗りましょう。(もちろん有料です。)運河を観光船で回ることができます。のんびりしてて、天気がよければ、非常に快適です。写真も落ち着いて取れます。

 
運河を回れば、ほぼすべての風車を見ることができます。この日は数少ないすべての風車を動かす日ということもあり、壮観でした。
 


 
 よく見れば色々な風車があります。入り口付近に風車の歴史がわかるミュージアムもありますので、お勧めです。キンデルダイクの運河のとなりに大きな河があり、今も昔もここからその川へ水を流します。もともと、この場所が川に近いということもあり、たくさんの風車を作り、順番に川の位置まで水をくみ上げるという仕組みを作ったようです。
 
 
風車の中に入ることもできます。見学用の風車ですが、歯車がちゃんと動いているのが見れます。有料ですが、これも文化財保護のためだと思って気持ちよく支払いました。
 
 
できるだけ多くの風車が入るよう写したつもりですが、難しいです。あまり迫力の無い写真になってしまいました。それぞれ風車にも個性があって、お子様連れでものんびりできる場所ですのでおすすめです。オランダ人の同僚にこの場所のことを話したら知りませんでした、、。まあ、日本人が日本のことを案外知らないのと同じようなものでしょうか。
 
とにはかくにも世界遺産是非堪能してください。
 
アムステルダム地区、及びキンデルダイク観光のときは以下のホテルがお勧めです。自動車が便利で、かつ自動車なしでアムステルダムに観光に行けます。キンデルダイクには自動車が必要ですので、空港でレンタルしてください。空港までは電車で一本です。
 
 
 

2012年5月30日水曜日

スイスからオランダへの引越し

3月のうちに無事に家の契約も済み、とりあえず4月からオランダのアパートが使えるようには準備しましたが、滞在許可にまたもやかなり時間がかかりました。

スイスのときは、連邦の許可と州の許可の違いで、外国人警察に出向いたものの、出て行けと言われてしまったりしましたが、今回は、さすがにそういうことは起こらなかったものの、パスポートを在スイスオランダ大使館に預けなければならなくなり、3週間もホテル暮らしをするはめになりました。

スイスの許可証を持っているので、仕事でオランダに出向いてスイスに帰ってくるのにはなんの問題もないのに、移住となるとパスポートにスタンプを押さなくてはならないとかなんとかで、パスポートを取り上げられ、その間に予定していた出張もキャンセルしないといけなくなりました。high skilled migrantという手続き(駐在員専用の簡略化された許可証の手続き)をとっていたので、スイスから簡単にできると思っていましたが、そうでもありませんでした。むしろ日本に一度帰国して、手続きを開始したほうがストレスもなく、早く手続きが済んだのではないかと思います。

2012年4月1日日曜日

University of Geneva Business economics ジュネーブ大学MBA

今回の授業は所謂ミクロ経済学とマクロ経済学。消費の理論と為替の経済への影響等々を学びました。既に大学で学習したことのある内容がほとんどだったので楽でしたが、一部マクロ経済学では見たことのないモデルも出てきたので昔の教科書をひっくり返してみたりもしました。それでも見つかりませんでしたが、、。

帰りのトラムで教授とばったり一緒になり、MBAに参加したモチベーションや、現在の仕事など話すことになってしまいました。あえて口に出すことで確認できることもあり、非常に有意義な時間になりました。

2012年3月26日月曜日

採用活動 オランダにて

オランダの会社に財務・経理のヨーロッパの活動を集中化することに伴い、新しいスタッフの採用活動を行っていました。そこそこよい給料を出せるのですが、なかなか人が集まらず、時期が悪かったのか、頼んだagencyが悪いのか、数少ない候補者からようやくいい人が雇えたと思います。4月から開始ですが、4月のはじめのほうは私がオランダにいけないので、仕事の割り振りが難しいです。Credit and Collectionの仕事をどこまで独立的にやってもらえるか、それによって私の今後の忙しさも変わってきそうです。日々のルーティン活動からどこまで開放されるかスタッフ次第、私の教育次第といったところでしょうか。

そのほか経理担当者ももう一人雇うべく採用活動をしばらく行いたいと思います。ジュニアレベルなので、多くは期待していませんが、日本的に言えば簿記2級が理解できていれば十分かなとは思うのですが、さてこちらの人がどの程度のレベルなのか、雇ってからのお楽しみです。だめでもよくてもブログにその人の評価を書くわけにはいかないので、気をつけますが、、。

2012年3月18日日曜日

University of Geneva MBA ジュネーブ大学 Investment Decision making

ひさしびりの3日モジュールでハードでした。内容は、その名の通りどういう情報に基づいて、投資の判断を行うかという授業。一部他の授業とキャッシュフローや現在価値等の内容でかぶりましたが、授業よりも宿題がハードでした。グループ5人で、投資判断の根拠等々エクセルシートで計算し、プレゼンテーションを作成するというものです。一人での宿題であれば、楽なのですが、グループメンバー全員がある程度納得するところに落ち着くには相当の時間がかかり大変でした。株価の算定から、色々な不確定要素が入ってくるため、決め事が必要なのですが、結局のところは大体の数字で計算することになるため、その大体の範囲がひとそれぞれ違ったり、そもそもバックグラウンドが違いすぎて、フリーキャッシュフロー算定でつまづいてしまう人がいたりと、何度も夜にスカイプでグループミーティングを行った結果、久々によいグレードを手に入れることができました。

2012年3月3日土曜日

University of Geneva EMBA ジュネーブ大学 MBA Financial Policy2

Financial policyの後半授業が終わりました。今回は、必死に予習をしたので、授業はかなり楽でした。というのも、私自身はどちらかというと専門家とみなされる立場の内容の授業なので、知らないことはないのは当然として、わからないというのはかなり恥ずかしいと自分で思い必死で予習しました。また、そうしないとグループワークで前に進まないことはわかっていたので、頑張ったのです。なにせ、大半はこの話題に対して全くの素人。少しでも知っている人間がリードしないと話にならないのです。もちろんこれは持ちつ持たれつ、自分もわからない授業はありますので、ここで頑張るのはある意味義務とも言えます。そして、ここで頑張ったので、わからないのがあって発言できないときには、まあ、彼は前回頑張ったから、ということで許されそうな気が勝手にしています。

今回は50%は最終日のテストで評価されるため、ドキドキしていましたが、とても簡単な内容でした。一般的な財務分析とキャッシュフローの分析などなど、問題文も疑問を挟む余地のない明確なものでしたので、あっという間に解けました。

この点、Financial アカウンティングのテストとやや異なりました。

2012年2月18日土曜日

オランダで家探し

家探しを開始しました。4月ごろを目処に引越したいと思いますが、permit次第というところです。でも家は4月1日付で契約すべく探しにいきました。

すでにネットで探し始めていて、いくつか不動産屋に連絡をとり内覧ができるようにアポイントもとりました。ネットって便利ですね。15年くらい前ならもう少し時間がかかったかもしれません。でも今は簡単。

最初に興味のあった物件は、あまり場所がパットせず、今回は決められないかと思いましたが、不動産屋さんが熱心でいい物件にであうことができました。但し、はじめにイメージした予算はかなりオーバーしてしまいます。それでも今のスイスの家と同じくらいの価格なので、決めました。契約前にもう一度中を確認して、4月1日付でいつでも移れるように準備したいと思います。

日本食を食べにホテルオークラとかに行きましたが、高い。まあ一流レストランなのでしょうが、ミラノの価格を知っているだけに、高く感じました。スイスでは近くに日本食レストランがないので行ってませんでしたが、オランダに移ったあとは頻繁に行きそうで財布がきつそうです。

2012年2月11日土曜日

University of Geneva EMBA Financial Policy ジュネーブ大学 MBA

Financial policy 前半の授業が修了しました。内容は、元銀行員としては簡単な内容。ディスカウントキャッシュフローやWACCの基本的考え方を元に、プロジェクトを評価するというもの。ケーススタディーはやや難しく、ファイナンスやアカウンティングの知識が全くない人はかなり苦労していました。次回は5つのケーススタディーがあるので予習が大変だと今からびびっています。

今回も一日目の夜はみんなでバーに繰り出しました。気がついたら12時。2日目は朝8時15分からなのでやや寝不足で授業に参加しました。このモジュールの教授は非常に教え方も上手く、あっという間に時間が過ぎました。いつもあっという間に過ぎてはいますが、、。

宿題頑張ります。

2012年2月1日水曜日

本日のLUZERN

雪が降っています。会社は暖房があまり効かなくて少し寒めでした。明日、あさってはかなり冷え込むようです。風邪をひかないようにしなければ!

2012年1月14日土曜日

University of Geneva Organization Design ジュネーブ大学MBA

前半の授業が終わりました。ケースにある会社組織を分析して、グループ毎にプレゼンテーションをしました。もう少し分析手法に関するセオリーのようなものをはっきりさせてもらえればよかったのですが、、、。大変でしたがとにかく前半戦は乗り越えました。

またこれで1年目のほぼ半分を終えたことになります。授業についていくのも大変ですが、スケジュール調整して毎回授業にに出ること自体がかなり大変に感じます。なんせ1回でも欠席すると翌年やり直しなのです。1年目なのでいいですが、2年目にそれをすると、3年目に突入で、しかもそれを万が一失敗すると、もう学位はもらえません。みな必死で出席しています。しかも予習をかなりしないといけないのです。自分の大学生時代はなんと不真面目だったことか。ちゃんとしたACCREDITATIONのあるMBAはみな同じ仕組みらしいので、有名でない大学でもACCREDITATIONのあるMBAを取った人はすごいのだなあと、尊敬します。自分もなんとか、くらいついていこうと思います。

2012年1月11日水曜日

ミラノで会議 異動決定

ミラノで会議。いつもであれば、スイスから電車で行くのですが、今回は会議場所が空港隣のホテル。宿泊もそこなので飛行機で行きました。

ほとんど全員が話の内容を知らされていないなか、私はすでに一仕事LUZERNの会社で終えていました。それは、解雇通知を従業員に渡し、確認を取ることです。会社の決定なので、なんとも言えませんが、これをやらされるのはたまったもんではありません。まあ、普段いい目をみている分仕方がないと割り切っていますが。

会議の内容は平たくいうとヨーロッパの組織の再編成。この会議のあとグループ会社の全従業員に発表されました。もちろん私個人の立場についてはアナウンスしていないため、やや混乱のメールが届きましたが、ヨーロッパの組織内での立場は今のままアムステルダムへ移住します。

内示は11月初旬にはありましたが、ずっと従業員に黙っておくのはかなりの苦痛を伴いましたが、肩の荷が少し下りました。

実は今回はかなり悩みました。もしMBAをすでに卒業していて、ドイツ語が仕事ができるレベルに達していれば、別の選択肢を取った可能性も否定できません。しかし、それもたられば、間に合わないことにはどうしようもないので、会社の命令に従い異動します。常に、自分の選択肢を増やすために学習しておくことは大事だとつくづく思い知らされました。

アムステルダムでは5年で永住権が取れる可能性があるようなので、前向きにいきたいと思います。なんとか5年頑張って、というのが今のところの目標です。